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工芸都市高岡クラフトコンペ

クラフトコンペ
◆ 工芸都市高岡クラフトコンペ 展示風景 ◆

 高岡は町全体が工房である。銅器、漆器をはじめとするモノ創りの原点がそこにある素晴らしい町だ。ただ、それはモノを創る側の視点からであリ、今から十数年前の高岡は、住む人が「町の顔」として語れるものは、何もなかったと言えよう。

 モノ創りの町として世界に誇れるものがありながら、余り知られてないことに歯痒い思いをしていた人は何人もいたに違いない。現在、富山インダストリアル・デザインセンターでデザイン部長を務める金子隆亮氏も当時、モノにこだわってトキメキを感じるコトが何かできないかと考えていた一人である。そんな熱き思いを持った人のエネルギーが芽生え出したことが高岡クラフトコンペのキッカケとなった。

 金子氏をはじめ意を同じくする業界のリーダーは、コンペの素案作りにひたすら走った。東京の内藤正光さん、馬場忠寛さんの両氏にコンペの試算まで相談を持ちかけたという。その頃、同じ思いにかられていた高岡伝統産業青年会のリーダーと協同歩調をとる事になる。

 行政の理解を得るにはそれなりの下地が必要である。みんなの情熱がやがて行政を動かし、本格的にコンペの立案に取り組む事になる。今思い出せば懐かしい話で、まさに激論の連続であった。激論の中身がとても重要で、中でも「高岡は銅器、漆器の産地だからそれのみのコンペにしよう」という意見が出た。それは、地元にとって理にかなったもっともな話である。しかし、金子氏は敢えて反対した。「素材を問わずにやりましょう。賞金もグランプリ百万円で…」。これは前段に触れた「町の顔づくり」と全国に発信するためにはインパクトがどうしても欲しかったからだ。そうするうちに、高岡市が工芸都市を宣言して昭和六十年に「工芸都市高岡クラフトコンペ」が実現した。

 年々、充実したコンペの形態が構築されていくのだが、他のクラフトコンペとは違う特異性を図らなければ継続する意義がない。そこで、クラフトのジャンルに捕らわれず、審査員を迎え入れるというスタイルを確立して、徐々に高岡独自のカタチが出来上がったのである。

 長い年月をかけて発信し続けてきた高岡の努力が、“デザイン”をキーワードとした全国でも稀にみる文化を形成し、自分たちの町を語れるストーリーが生まれつつある。官民一体のパトロネージュが、モノとヒトとの出逢いの大切さを認識させる素晴らしい掛け橋となった。

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